初めて浜田さんの現場に仕事で入ったのは、1990年のツアーでした。楽屋周りのお世話をする仕事で、2005年に会社を辞めるまで、ライブがある時は常に仕事に入れて頂いてました。
仕事を辞め、次の仕事をどうしようかと考えていた時に、ツアーを回らないかというお誘いを頂きました。もちろんOKの返事をしました。でも内心では、《私で大丈夫なのかな?》という、不安もかなりありました。
ツアーが始まり、最初のうちは戸惑うこともありましたが、R&Sの皆さんやスタッフチームの助けもあり、途中からはこんなに楽しく働いていいのかと思うくらい、楽しく働いていました。
浜田さんの楽屋担当になり、心がけたことがありました。気を使わせないこと。楽屋が使いやすく、気持ち良く過ごしてもらうことでした。実際のところ、ちゃんと出来てたのかな?と、いつも考えてました。
本番は、ステージ袖から観ていました。年代別調査も、ステージ袖で参加していました。客席後方から、観ている時もありました。そのたびに、オーディエンスの皆さんの思いや、本当に浜田さんが大好きなんだという気持ちが、伝わってきました。歌を通していろんな方の人生に、元気・勇気・愛を送り続ける浜田さんは、凄い人だと思いました。そして、本当に浜田さんはファンの皆さんを、大切にしているんだなと思いました。だからこそ、ファンの皆さんがず〜っと浜田さんを好きでいるんだと感じました。
メンバーの皆さんは、個性豊かでとても楽しかったです。移動や食事会 は、メンバーの皆さんと一緒だったので、笑いが絶えませんでした。楽しく過ごしていましたが、心配事もありました。小島さん・小田原さんのちょっと寒い時期の夜釣りや、タバコを止めて食欲旺盛な町支さん、忘れ物の多い古村さん、夜遅くにいっぱい食べていたミックさん等…。というか、皆さんよく食べて、よく呑んでました。若い人よりも、食べて呑んでるかもしれません。といいつつも、私もだいぶ食べて、呑みました。反省…。
いろいろなことがありましたが、今回ツアーを回れて、本当に良い経験が出来ました。ツアーでお世話になった全ての方に、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、ありがとうございました。
大畑 久美子

「路地裏の少年」の前の70年代コーナーではカントリー娘姿でウェイトレスとして登場してくれました。酔いどれマスターと一緒に・・・。

町支くんとのツーショット。
久美ちゃんとの出会いは1990年だったのですね。と言うことは、18年の付き合いですかぁ〜。
東京でのライブの時は必ず久美ちゃんが楽屋担当として入っていました。その当時から彼女の仕事ぶりは見てきました。本当に細部までよく気が付き、よく働いてくれました。まるで、何年も一緒に共にしているツアースタッフかの様に・・・。
06年の春頃からツアーマネージャーを探していて、なかなか適任が見当たらず、困っていた時に「久美ちゃんが会社を辞めたらしいよ」との情報が7月初旬に入り、「直ぐに連絡してツアーに回ってくれないか頼んでくれる?」と制作の森安くんに言った覚えがあります。「久美ちゃんが回ってくれることになりました」との報告を受けた時は本当に嬉しかったなぁ〜。
で、結果はご存知の通り、期待どおりの、いや、期待以上の仕事をしてくれました。彼女が参加してくれたお陰で、メンバー全員も相当に助かったと思いますよ?ねぇ古村くん!?町支くん!
そんな久美ちゃんですから、浜田のツアー以外にもMISIAのツアーとかでも呼ばれています。
いつになるか解りませんが、次回のツアーも是非一緒に回れたらいいなぁ〜と思います。
1年半もの長いツアーでしたが、本当にありがとう!
感謝しています。
プロデューサー 岩熊